爽やかな風にほんの少し秋を感じ始めた頃、洲本市五色町を訪れました。目指すは鮎原小山田、木工・北島庸行(のぶゆき)さん(48才)のアトリエです。
緑に囲まれた自然豊かな広い土地にたたずむのは、北島さんが自らデザインし大工さんとともに建てたというギャラリーと工房。そして奥側には4人家族が暮らすご自宅。どちらも木をふんだんに使った建物で、周りの環境や景色に見事なまでに合っています。
話をうかがったギャラリーでひときわ目を引くテーブルとイス、あちらこちらに置かれたその木工品。どれも北島さんの制作によるものですが、材料である木を大切に思いひとつひとつ丁寧に作られていて長年使えるものばかりです。テーブルの端に並んだ数本の美しい杖は、お父様のために作ったのがきっかけだったそうですが、多くの方に使ってもらいたいと商品開発のために試作を繰り返して出来上がった逸品です。
ご自身の肩書きを「木工」とのみしてあるのには、木工職人、木工デザイナー、また、木工作家などなど、木工製作に関わる幅広い仕事をしたいという意味があるのだと北島さんは言います。それゆえに、家具工房KIKAではなくアトリエKIKAなのだとか。「木華」・・・木を昇華させて、と聞いて芸術品を連想しそうですが、素朴な自然素材である木を材料に、一生懸命に考えてもの作りに取り組むことで、少しでも人々の生活を豊かにするお手伝いをしたいと力を込めて語ってくれました。聡明さと心の広さを感じさせる言葉です。
そんな北島さんはもともと神戸市出身でしたが、東京の美術大学に進学、自動車や家電機器などのデザイナーをめざし工業デザインを専攻しました。そんな中で建築やインテリア、家具に興味を持ち、卒業後は大阪で就職し内装設計や家具のデザインを手がけたのち、出向先のドイツでも家具デザイナーとしての経験も積みます。
そのうち設計だけでは物足りないという気持ちが湧き始め、今の仕事につながります。帰国後、7年間勤めたのちに退職し、岐阜県の木工作家のもとに弟子入り、1年の修業を経て独立します。篠山市に移り住み、その後に結婚、借りた空き家を作業場として新しいスタートを切りました。
それから4年。知り合いの紹介で淡路島の今の土地に巡り合ったのは2001年のこと。自分の家と作業場を持ちたいという思いから、それまでにもいろいろな場所を見てきましたが、かなりの土地が必要であるため難航を極めていました。
最後にたどり着いたのが今の場所です。数年間放置されていた草だらけの土地でしたが、今では見事に開かれた手入れの行き届いた空間となり、通りかかる人の目も釘付けになるほど。もちろん見学や家具の相談・注文に来る人も少なくはありません。
始めは阪神間が主だった注文も今では半分近くが淡路島内からだとか。移住から11年、地元の祭りに参加したり、町内会役員をこなしたりする北島さんの人間性も相まっての成果かも知れません。
都会にはないゆっくりとした時間の流れる田舎で、地域になじみ、生活が安定することでものづくりを続けられる。ものづくりを通して文化の交流に貢献したい。そんな北島さんの姿を見守る奥様、お父さんの仕事に自然と関心を持ち始める元気いっぱいの息子さん達・・・微笑ましく、理想的な家族の姿を目に焼き付けてアトリエを後にしました。
取材日:2012年09月15日