会社員、海外放浪を経てたどり着いた
農家としての生き方
「夢?そうっすね~…。このままでええんとちゃいます?(笑)」
そう言ってお気に入りのレコードを回すのは、「HAMPI FARM」で農業を営む夛田健一さん。
淡路島へ移住して、今年で10年目を迎えます。
「途中で帰りたいと思ったことはないですね。いろいろ大変だったけど、なんだかんだ農業が好きだったし、ここでの暮らしが性に合っているんだと思います」
夛田さんが淡路島へ移住したのは、2011年の春。就農支援センターが行う、農業研修への応募がきっかけでした。以前は旅行会社に勤めていた夛田さんでしたが、退職し、1年半の海外放浪の末、岡山の農業法人を経てご縁をいただいた大崎さんの元で研修をスタートします。
「農業をやりだしてから思い出したんですけど、昔、祖父母が高砂で小さい養鶏場を経営していたんです。小さい頃はよく、親について行って卵集めを手伝っていました。いとこたちは“鶏糞が臭い”と嫌がっていたけど、僕は時間を忘れるくらい作業が楽しくて、鶏糞を農園で干して、近所の農家さんに売りに行ったりもしていました。いま振り返れば、それが農家を志す“原体験”になっていたんだと思います」
その幼少期の記憶は成長と共に薄れ、一度は会社員を経験した夛田さんでしたが、身体に染み付いていた農業の楽しさを再び思い出し、現在は8反まで畑を広げ、さまざまな野菜を育てられています。
「先の人生に悩みながら当てもなく海外を放浪していたけど、実は目と鼻の先に、こんなに素晴らしいところがあったんですよね。いまは本当に、淡路島と出会えて良かったと思っています」
10年かけて身に着いた
折り合いの心
淡路島で暮らし始めて10年。
移住当初は地元に根付くことを意識するあまり、周りに気を使ってばかりの生活だったと話します。
「みんなに良い顔をしている自分に、だんだんと疲れてきて…しんどくなってしまったんですよね。だからあるときから自分なりに、人との関わり方を割り切るようにしたんです。そうやって少しずつ距離感を考えるようになったら、だいぶ楽になりましたね」
「堂本さんとの出会いも大きかったです。畑が隣同士なので、いつも「夛田さーん、おはよう!」と大きな声で遠くから声をかけてくれるんです。たった1分でも、ポジティブな人と話した方が、自分も元気をもらえることに気付きました」
また、夛田さんに変化をもたらしたのは、それだけではありませんでした。
「淡路島の生活を楽しめるようになったのは、実はここ2~3年のこと。それまでは誰も呼べるような家ではなかったんですけど、みんなが集まれるような場所を作りたくて、家のDIYをはじめました。移住者の仲間に手伝ってもらって、畳の間を板張りに変えて、夢だった薪ストーブのある生活も叶いました」
すると夛田さんの周りには、たくさんの人が集まるように…
「夏は庭でBBQ、冬は部屋で鍋をしたんですけど、多い時は2~30人くらい来ましたね(笑)」
そしてその心境の変化は、農業にも現れていきます。
「もちろん作り方にはこだわりたいけど、自分も食べていかなければいけない。そのあたりの葛藤はずっとあります。だけどガチガチにこだわった結果、3~4年で終わってしまうよりは、長く農業を続けていく方が大事だと思ったんです」
“それを理解してくれるお客さんも増えたし、10年かかりましたけど、やっと自分の納得のいくところで折り合いがつけられるようになりました…”
現在は農協や産直だけでなく、ご自身でも通販サイトを立ち上げるなど、販路の拡大に挑戦されています。
大好きなインドによく似た
温かく、開放的な淡路島で…
「HAMPI FARM」のHAMPI(ハンピ)とは、インドの地名。
「世界遺産にもなっていて、僕が大好きな土地なんです。遺跡が有名なんですけど、淡路島も巨石を奉る文化があるでしょ?島の人の温かみや解放感も、なんだかとてもよく似ているし、インド文明のベースがここ(淡路島)にも流れているように感じるんですよね」
「“10年もよく頑張ってるね”って言われるけど、僕はただ、低空飛行で潜伏していただけなんです(笑)もっと目的意識を持って来ている人は、2~3年で手際よく暮らしを整えていってる。でも僕は、“移住はご縁”だと思うのでいろいろと考えるよりも肩の力を抜いて、ありのままでいたら良いんじゃないかと思うんです。そうすれば自然と成るようになるというか。僕も移住するときは研修が決まり、家も決まり、自分の人生の中でも“何コレ?”と感じるくらい、全てがトントン拍子で進んでいったので…」
“だから何事も集中しすぎず、ほどよく仕事をしていろんな人と喋って、お酒を飲んだり、音楽を聴いたりしながら、いまを楽しむようにしています”
10年目を迎えるにあたり、改めてこれからの夢を伺ってみると、“特段、大きな目標や夢はない”と笑う夛田さん。
「農業がやりたい」「居心地の良い家にしたい」「大好きな音楽を気兼ねなく聴いていたい」…
そうしたシンプルな思いをひとつずつ叶えていくことが、本来望む「幸せな暮らし」に近づいていくのかもしれません。
何気ない日常を大切に生きる姿がとても印象的な、夛田さんの取材でした。
取材日:2020年04月23日