移住者ブログ

3年間を振り返ってみた

こんにちは。
南あわじ市で地域おこし協力隊として活動していた黒川です。

令和3年3月31日をもって、南あわじ市地域おこし協力隊を卒隊いたしました。これからは個人事業主として、慶野松原のゲストハウス運営とフリーのデザイナーとして活動予定!ということで今回のブログは、私の3年間の淡路島ライフを振り返る回にしたいと思います。ちょっと長いですが、お付き合いいただけると幸いです。

 

地域おこし協力隊ってなんですか?
https://awajigurashi.com/blog/post-6782/

 

1年目

 

私の淡路島での居場所を作ってくれた「そうめん食堂」

3年前、地域おこし協力隊(南あわじ市役所に勤務しながら、南あわじ市の「特産品の販路拡大」のお手伝いをするという業務内容)として、淡路島に移住してきました。移住当初、この島にはほとんど知り合いもいなかった私。そんな島暮らしを一変させた出来事があります。それは、淡路島の特産品である淡路手延素麺を使った創作素麺のお店「南淡そうめん食堂」をはじめたこと。

私は当初、「地元の人と旅人が交流できる、地域に開かれた飲食スペース付のゲストハウス」をつくりたいという夢を持ってこの島にやってきました。なので、飲食店の運営というものを地域おこし協力隊の活動の一環として出来たら、一石二鳥なのでは!?と思い、市役所の担当者にプレゼン。無事にOKの返事をいただきました!移住後4か月目には古民家ゲストハウスのキッチンスペースを借り、営業をスタート。

 

田舎で小さくはじめる食堂運営
https://awajigurashi.com/blog/post-7025/

 

友達が食べに来てくれました

 

この活動、小さくはじめたにも関わらずいろいろな方に応援していただき、島のお祭りやイベントにも屋台出店。その後は産直のキッチンスペースに拠点を移し、この活動を通じた知り合いも増えてきて、毎日が充実。

でもふと気づきます、素材にこだわるとまったく儲からない。地元食材をPRするために、できるだけ旬の淡路島産食材を使いたいとおもうのですが、そうすると年間で同じメニューが出せない。なので、その時出回っている素材でレシピを考える毎日でした。そんな中、レシピ作成の負担がどんどん大きくなっていきました。ですが、お客さんが来るとき、来ないときの差が激しく、新鮮なものを用意すると破棄する日も多かったんです。お客さんの波が安定しない田舎で飲食店を運営する難しさを痛感する日々を送ります。

一方、イベントに出店するときは、1メニューでたくさん仕込んで完売。ということが多かったんですよね。淡路島では固定の店舗を持つより、イベントに出店していく、移動食堂というスタイルの方がいいと思い、産直での営業はやめることに。

この活動、とても大変だったけど「そうめんの食堂やってる子」というタグを私に与えてくれた、私に淡路島での居場所をくれた、思い出深い活動になっています。
※今後もイベント出店をメインに活動予定。

 

大阪との2拠点生活

淡路島での仕事は充実していましたが、なんだか刺激が足りない。デパートで買い物したり、ライブや美術館にも行きたい、大阪の友達にも会いたい。そんな思いがあり、1年目は大阪の仕事をつくり、しょっちゅう帰っていました。淡路島は好きだったけど、やっぱり大阪の方が楽しいなって気持ちが強かったように思います。でも行ったり来たりすることで、淡路島の良さを再認識することができてたような気が。気づけば、大阪に帰ると人多すぎてしんどいっと思うようになっていました(笑)
そんなこんなで淡路島暮らしに慣れてきた年明け、まさかの妊娠が発覚!大阪にいたときにも妊活がんばってたんですけど、なかなかできず。離れて暮らしてたらますますできないだろうなと半ば諦めてたんですけど、国生みの島のご利益があったのか、第一子を授かることが出来ました。

 

2年目

 

志半ばでの産休・育休

1年目は、そうめん食堂以外にも、特産品のデザイン、マルシェの販売補助、淡路島の地域おこし協力隊有志での淡路島PRイベントの企画など、いろいろな活動ができ、大充実だった私の淡路島ライフ。1年目に撒いた種のおかげで、すこし大きなお腹になりながらも、いろいろなお仕事にお声掛けいただき忙しく活動する日々。そうめん食堂としてイベントに出店したり、個人的にデザインの仕事をいただくことも増えました。少しづつ淡路島での私が出来上がりつつあったのですが、7月末で一旦産休に入りました。すごく充実してきた矢先、島を離れる、仕事を離れるのが、自分が作り上げた居場所がなくなるのでは?私のことみんな忘れてしまうのでは、という謎の不安に襲われたことを覚えています。

AWAHAWAというイベントで出店したときにつくったハワイ風のそうめん

 

里帰り出産と3拠点生活

淡路島には、お産が出来る病院が少なく、島外で産める方は島外で産んでほしいと母子手帳交付の際、市の職員の方に勧められました。淡路島じゃないなら、旦那がいる大阪か、実家のある岡山か、すごく迷ったけど、やっぱりお産を経験している母親がいる岡山で産もうと思い、里帰り出産の準備をはじめました。

 

南あわじ市には里帰り出産を支援してくれる制度がありますhttps://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/site/yumerun/syussan-sien.html

 

車に荷物を詰め込み、旦那さんに運転をお願いして、いざ岡山へ。久しぶりに帰った故郷はめっちゃ都会になっていて、おしゃれなお店がたくさんオープンしていて、つわりがあまりひどくなかった私は久しぶりの岡山生活を満喫(笑)

 

地元にオープンしてたおしゃれなベーカリーカフェ
ちょうどこの年は瀬戸芸の年だったので、アート巡りをしてた呑気な妊婦

 

なんとか無事出産を終え、育休を取ってくれた旦那と淡路島の家に帰り年末までは淡路島で過ごしました。そして、年明けからは大阪の家で過ごしました。淡路島では車があるから楽チンでしたが、大阪では移動はバスと電車が中心なので、子連れの移動がかなりストレスでした。

出産の感動はひとしお

 

3年目

 

自分のペースで進めていく

4月復帰の予定で、復帰後の予定をいろいろ入れていた3月。コロナで保育園が登園自粛になりました。このタイミングで仕事復帰は難しいと判断し、6月までお休みを延長させていただきました。はじめての子育て、ただでさえ不安だったのに、育休中から決まっていたそうめん食堂の出店がなくなったりで、なんだか不安な毎日。

不安を打ち消すようにDIYに打ち込む日々

 

でも、ゲストハウスのDIYは割と自分のペースでできたので、コロナ関係なく着々と進めていけました。春頃は宿泊業はもうやめておいた方がいいのかなと自信を無くしかけていたけど、夏になると空前の淡路島ブーム!コロナ禍でも密にならず観光出来る淡路島の可能性を感じるようになってきていました。

 

慶野松原でゲストハウス開業準備中
https://awajigurashi.com/blog/post-7534/

 

ウィズコロナの島暮らし

思うように活動出来ない日々。でも、ウィズコロナになったことで思わぬプラス面がありました。旦那さんがリモートワークになったのをきっかけに淡路島に移住してきたこと。あと、オンラインのイベントやセミナーが増えたおかげで子育てしながらも遠くの人たちと交流したり、自分の活動を伝えることが出来る機会が増えたこと。

軽バンで大阪から淡路島にお引越し
オンラインイベントでお話させていただきました

 

コロナがはじまってから、めっきり大阪に行くことはなくなりました。あんなに好きだった都会的な暮らし、もうほとんどしたいと思わなくなってます。広い空と青い海、毎日違う表情を見せてくれる植物、美しい自然が身近にある淡路島の暮らしが好きになっていました。3年で価値観ががらっと変わったんですね。そして淡路島での居場所も少しずつ増えてきたかな。このブログを任せてもらえたことも嬉しいことのひとつです。

美しすぎる西海岸の夕日

地域おこし協力隊の任期は終わりましたが、終わったって感じがしない。これからはじまるんだ!って気持ちの方が強いんですよね。これからは一個人として淡路島でおもしろいことが出来たらと思います。ではでは~。

この記事を書いた人

黒川香苗

黒川香苗

1984年岡山生まれ。大学卒業後、大阪の建材メーカーでデザイン開発を担当。退職後、夢だったゲストハウス開業に向け、生きた英語を学ぶため単身カナダへ。帰国後、開業に向けての準備をするうち、ひょんなことがきっかけで南あわじ市地域おこし協力隊に。卒隊後は淡路島に定住し、ADDress淡路島の家守兼フリーのデザイナーとして活動中。

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